ミステリー
彼女が泣いて飛び込んできた。彼にはクラミジアはいなかった。私が浮気していると疑われている。誤診じゃないの、どうしてくれるとえらい剣幕である。こちらも頭を抱えてしまった。
ことの顛末はこうである。数日前、腹痛の若い女性が診察室にやってきた。一見、真面目そうで地味、痛みは下腹部で1週間前より次第に痛くなってきたという。下痢、便秘といった消化器系の症状はない。婦人科系の痛みらしい。もちろん、生理痛ではない。体温を計ると微熱、妊娠はしていない。これは感染症だろうと推察して診察、検査をおこなった。クラミジア抗原が陽性でクラミジア感染による腹痛という診断となった。(クラミジア感染症は性行為感染症の中でも現在はもっともひろがっている。特に若年に多く、高校生に11%に認められるという。症状は比較的軽く、女性では放置されることがあり、感染源になるが、骨盤臓器の慢性的な炎症で不妊の原因となることがある。)
これは抗生剤投与で治るものであるが、再感染や感染の広がりを防ぐため相手(パートナー)の治療も必要である。と説明して、彼に検査に行かすように促した。これが悪かったか、しかし、投薬によって腹痛はよくなっている。他に相手はいないという女性の言葉を信じるのもおろか?だろうが、うそだというのもはばかられる。
彼女が陽性で、彼が陰性では彼女に分が悪い。とにかく、彼に一度来てもらうことにした。少し、ふてくされて、彼がやってきた。これは茶髪でいかにもといった風情だなと思いつつ、話を聞く。彼女に言われて、泌尿器科に行ったが、尿で陰性だったという、陰性の検査結果ももっている。何もなかったかと聞くと、数週間前、排尿する時痛かったことがあったけどすぐ良くなって、いまはどうもないと軽い咳をしながら話す。なだめて血液検査させてもらうことにした。数日後、血液ではクラミジア検査は陽性であった。この結果でもう一度話を聞いてみた。咳について聞いてみると、彼は排尿時の違和感のあと風邪をひいて内科で薬をもらったことがあるのが分かった。お薬手帳をみると風邪薬とともにクラリスとある。(クラリスは呼吸器系の感染症によく使われる抗生剤でクラミジアにも効果がある。)クラリスでクラミジアが治ったと思われると説明した。尿によるクラミジア抗原検査はいまクラミジアがいるかどうかを見る検査であり、血液によるクラミジア抗体検査はクラミジアにかかったことがあるかどうか、履歴をみる検査である。誤診の疑いは晴れて、彼女の浮気の疑いも晴れて、やれやれである。・・・これでいいのかな?

(ある日のDr,Qの診察室日記より)  ※これはフィクションです。
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