お年玉
お正月である。世の中はめでたい気分にあふれでいる。元旦で、朝からお屠蘇を飲んで気分がよい。しかし、こどもたちにお年玉をあげることになると、いつも思い出してしまうことがある。
職業柄、緊急手術はよくあることで、緊急帝王切開は時間との勝負ということがあり、休日、夜間に病院に呼び出されることもめずらしくはない。ある年のこと、雪のふる朝、元旦早々、病院より呼び出しがあった。当直医より強い腹痛の患者が来て、手術が必要かもしれないということであった。この頃では珍しい雪が降り、道は氷つき、車では病院にいけない、徒歩で駅まででて、電車でいくことになったが、雪用のブーツもなく、急いだため、病院につくまでに3度もすってんころりと転んでしまった。しかし、今回は産科ではなく、婦人科であった。20歳台の若い女性、昨夜からの腹痛でたまらず、救急車を呼んで病院にきたという。下腹部に腫瘤があり、茎捻転疑いということであった。卵巣に腫瘤がありこれがねじれて痛みが出てくるというのが卵巣茎捻転である。緊急手術してねじれを解除すればよいのであるが腫瘤を置いておいてもよくないし、ねじれた状態で数時間も
すれば血液の流れが滞って阻血され組織が壊死に陥っていることがほとんどであるので、腫瘤ごと切除するのが通常である。元且に手術、お腹をあけましておめでとうと言ったかどうか、手術は問題なく終わって、手術室を出てくると、別の手術室でも手術が行われているのに気がついた。この病院では定期手術が時間外に延長されることはあっても、時間外の手術を他の科が行うのは珍しい。“どこの科が手術してるの"手術部の看護婦さんに聞くと泌尿器科ですとの答え、これはほんとに珍しいことがあるものだと思って、“何の手術"再度質問、“それがすごいんです。どこかで柵を飛び越えようとして失敗して、股の間を柵に打ち付けたらしいです。ものすごく腫れ上がっていて、赤黒くなってました。"すごい、すごいといわれ、あまりにも痛そうな話で思わず、股間を手で覆ってしまった。その手術室をのぞいてみると、摘出物が置かれていた。小さい組織で確かに赤黒く変色している。
これはどうも宰丸らしい。“両方とも摘出したの?"と看護婦さんに聞くといいえ、片方だけです。との答え、それは不幸中の幸いだと思ったが、お正月早々、こちらは女性の玉と言えるものを取り、あちらは男が玉を落としている、こんなお年玉(落とし玉)もらってもうれしくないなあ、今年はいったいどんな年になるのやらと案じてしまった。
(ある日のDr,Qの診察室日記より)  ※これはフィクションです。
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